SR_TUNING
PAの音場調整について-1 Updated 07/23/1996
もし人間の耳が1つしかなかったら Yuzawa Shoji

◎何故必要か?

 スピーカーシステムが、フリーフィールドにおいて完全にフラットな周波数特性をしていたとしても、システムの指向性の異なるユニットの複合による影響と、設置されている場所による影響などが原因となり周波数特性が乱れることになります。これらの乱れをとりシステム本来の特性を聴衆に提供するために音場調整(スピーカーアレイのシステムデザイン・音場測定・イコライゼーション)が必要となります。

1)システムの指向性の異なるユニットの複合による影響

 例として、低域と高域のユニットを持つシステムの指向性のスペックが水平75度垂直60度というのは高域の指向性を示し、低域の指向性はもっと広くなっています。
 そのため複数のユニットを組み合わせていくと、高域の指向性がスムーズにつながって、広いエリアをフラットな周波数特性でカバーしたとしても、低域は互いにオーバーラップする部分が広いため、高域の合成に比べて、数が増えるほど低域のレベルは上がってきます。3,4,5wayなどユニット構成が増えるほど、指向性の違いによって周波数特性は乱れてくることになり、1個のフラットな特性のスピーカーを集めても、そのままの特性で音圧が上昇することはありません。
 このほかにも、ユニット間の、ディレイタイムにより、位相干渉が起こり(*コウミング)、指向特性の変化、周波数特性の乱れが発生します。

*コウミング(combing):2つの音源(又は直接音と反射音)間のディレイタイムにより、特定周波数おきにキャンセルが起こりその周波数がディップする。
1000/ディレイタイム(mSec)=x(Hz) ディップがxHzおきに発生して、x/2(Hz)が最初のディップのポイントになる。
1mSecのディレイがある場合には、図1のように1000Hzおきにディップが発生する。最初のディップは500Hzに発生して、次のディップが1500(500+1000). 2500(1500+1000). 3500(2500+1000). 4500(3500+1000). 5500(4500+1000). 6500(5500+1000). 7500(6500+1000). 8500(7500+1000). 9500(8500+1000). 10500(9500+1000)Hz....に発生する。

図1: 1mSecのディレイのある同レベルの場合のコムフィルター
comb.gif

下の表1のように、2つの音のレベル差によってピークレベルとディップレベルが変化する。

表1:2音のレベル差によるピーク.ディップ

2つの音のレベル差(dB) 合成されるピークレベル(dB) ディップするレベル(dB)
0 +6 -∞
3 +4.5 -11
6 +3 -6
10 +2 -3
20 +0.5 -0.5

ディレイ対コウムフィルタの関係は、表2のようになる。この表よりゾイレ効果が複数のユニット間によるディレイタイムによって生じるのが読みとれる。

表2:ディレイタイム対コウミング周波数間隔及び1.2.3.4次のディップ周波数

ディレイタイム 周波数間隔 第1ディップf 第2ディップf 第3ディップf 第4ディップf
mSec Hz Hz Hz Hz Hz
0.1 10000.00 5000.00 15000.00 25000.00 35000.00
0.2 5000.00 2500.00 7500.00 12500.00 17500.00
0.3 3333.33 1666.67 5000.00 8333.33 11666.67
0.4 2500.00 1250.00 3750.00 6250.00 8750.00
0.5 2000.00 1000.00 3000.00 5000.00 7000.00
0.6 1666.67 833.33 2500.00 4166.67 5833.33
0.7 1428.57 714.29 2142.86 3571.43 5000.00
0.8 1250.00 625.00 1875.00 3125.00 4375.00
0.9 1111.11 555.56 1666.67 2777.78 3888.89
1 1000.00 500.00 1500.00 2500.00 3500.00
2 500.00 250.00 750.00 1250.00 1750.00
3 333.33 166.67 500.00 833.33 1166.67
4 250.00 125.00 375.00 625.00 875.00
5 200.00 100.00 300.00 500.00 700.00
6 166.67 83.33 250.00 416.67 583.33
7 142.86 71.43 214.29 357.14 500.00
8 125.00 62.50 187.50 312.50 437.50
9 111.11 55.56 166.67 277.78 388.89
10 100.00 50.00 150.00 250.00 350.00
11 90.91 45.45 136.36 227.27 318.18
12 83.33 41.67 125.00 208.33 291.67
13 76.92 38.46 115.38 192.31 269.23
14 71.43 35.71 107.14 178.57 250.00
15 66.67 33.33 100.00 166.67 233.33
16 62.50 31.25 93.75 156.25 218.75
17 58.82 29.41 88.24 147.06 205.88
18 55.56 27.78 83.33 138.89 194.44
19 52.63 26.32 78.95 131.58 184.21
20 50.00 25.00 75.00 125.00 175.00
25 40.00 20.00 60.00 100.00 140.00
30 33.33 16.67 50.00 83.33 116.67
35 28.57 14.29 42.86 71.43 100.00
40 25.00 12.50 37.50 62.50 87.50
45 22.22 11.11 33.33 55.56 77.78
50 20.00 10.00 30.00 50.00 70.00


2)設置されている場所による影響

 ホーン形状をした物は、指向性を狭くして、音圧を上げるように設計されていますが、ダイレクトラジエター形式の低域のユニットの場合、設置されている場所によって、音圧が変化します。中空にある場合、床の上にある場合、部屋のコーナーの場合では、放射される空間が狭くされるにしたがって、音圧は上昇してきます。又、床面、壁面による反射のため 1)のところで述べたようにディレイタイムにより、位相干渉が起こり、指向特性の変化、周波数特性の乱れが発生します。ディレイタイムは、1)のユニット間の時より長い場合が多いので、中低域に関して影響を多く与え低い周波数間隔で、リップル(周波数特性に於けるギザギザ)が発生します。これらの他に、物理的な共振により特性は変化させられています。

図2:放射空間によるゲインの上昇
sphare.gif


 下の図3のような空間のシステムにおいて、音源から聴取点までを等価回路で表してみると、図4のように表すことができます。これからわかるように、直接音がフラットであったとしても、複数の性質の異なる音源が増えることによって、多くのコウミングが発生し周波数特性を乱してゆきます。システムと音場を含めた要素を補正する事(余分な反射を極力起こさないようなシステムデザイン、パラメトリックイコライザーによる電気的な補正、反射音を減らすための吸音幕などによる処理)によってSRシステムとして必要な周波数特性・指向特性・音圧を得ることが音場調整の目的だと考えることができます。

図3:複数のスピーカーによる直接音と反射音の経路
roomref.gif


図4:音源から聴取ポイントまでの等価回路
sim_e2.gif



◎Source Independent Measurement(S.I.M.)について

スピーカーとルーム(SIMで音が放射された空間の呼び方)を測定する方法としては、Swept Sinewave(掃引正弦波法)、ピンクノイズによる1/3octスペクトラムアナライザーなどがあります。これらの測定では、あらかじめ特性のわかっているテスト信号により特性を測定しています=<音源に依存した(source dependent)測定方法>。そのため、空席時の特性は測定できても、観客がもたらす音響上の影響に関しては、まったく情報を得ることができません。SIM等のデュアルチャンネル測定方法の場合には、基準となる音と比較する音との相対レベルを見ているため、テスト信号はフラットである必要はなく全周波数が含まれていればよいので音楽ソースでも問題なく測定を行うことができます。観客の影響によるルームの変化を捕らえて直ちに補正を行うことができる測定システムであるといえます。

S.I.M.
SIM System I は、1984年 Meyer 社から発表された、2チャンネルFFTを使用したサウンドアナライザーとシステムイコライゼーション・テクニック。日本では、1986年 松任谷由実「DA DI DA」ツアーの大阪城ホール、武道館で最初に使用され、その後毎年アリーナクラスの東名阪の会場で使用するようになる。
SIM System Iの機材はレンタル制でオペーレートはライセンス制であった。1990年日本人オペレーター誕生。
1992年 旧タイプのSIMから格段の進歩を遂げ、SIM System IIを発表、ライセンス制は廃止となり一般に販売されるようになる。日本では現在、アルテ 2台(マルチ)、ATL 2台(マルチ)、東京音研 1台(マルチ)、劇団四季 1台(マルチ)、ショーヤプロジェクト 1台(マルチ)、大阪共立 1台(ステレオ)、北海道舞台制作 1台(ステレオ)、大阪アルカイックホール 1台(ステレオ)の10台が稼働している。 
 

 スタジオモニターの場合には、PAに比べて狭い空間でLRのスピーカーのセンターにいるミキサー1人に対して、フラットな周波数特性を提供するのが目的ですが、SR用スピーカーシステムの場合には、1BOXシステムでもコンポーネントシステムでも、複数のユニットをスタックして、客席(大きな空間)の隅々まで、できるだけ均等な音圧、周波数特性を提供しなければなりません。そのため複数のシステムの影響、空間による影響、機材による影響など様々な要素の中から、補正すべきものがどこなのかということを明確に把握する必要があります。

SIMの場合には、図5のように測定する系を、大きく3つに分けてそれぞれを同時に処理して画面に表示することができます。

図5: SIMにおける測定要素
simb1.gif

図6: Room+Speaker特性の測定
simroom.gif

・Room+Speaker(図6):イコライザーのアウトプット信号(スピーカーシステムに入る直前の信号)とマイクに入ってくる信号の伝達特性。スピーカーシステムと空間(反射、共振、空席時満席時、温度、湿度、外来音)の影響を表示する。
*スピーカーシステムが変化(リミッティング、ディストーション)しないとすると、EQを変化させてもデータは変化しない。EQアウトプットから後の部分のパラメーターの影響で変化する。

図7: EQ特性の測定
simeq.gif

・EQ(図7):イコライザーのインプット信号とイコライザーのアウトプット信号の伝達特性。イコライザーの補正カーブ、SIMでは1/EQ(ゲインが逆に表示される、カットは上にブーストは下になる)のカーブをRoom+Speakerのデーターに重ね合わせてイコライジングする。

図8: Result特性の測定
simres.gif

・Resultant(図8):イコライザーのインプット信号(卓アウト、基準となる信号)とマイクに入ってくる信号の伝達特性。Room+Speakerで得たデータにEQで補正をかけた特性。この特性がスムーズになるようにするのが調整の目的になる。
*Room+SpeakerとEQの変化でデータは変化する。

 我々の目的は、要求された音を出すことであり、何を使うかではなくどう使うかということが重要であると考えます。個人差はありますが、空気が振動して伝わってきた音を耳や体で違和感なく感じられるように、音を創り伝える仕事の手助けをしていきたいと思います。


参考文献
Sound Reinforcement Applications Guide / Robert L.McCarthy
Equalization Using Voice And Music As The Source/John Meyer
Sound System Engineering/Don Davis .Carolyn Davis
JAS jounal 最近のSR用機器にみるオーディオ技術/増 旭
The propagation of sound/Ted Uzzle
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